Wednesday, October 29, 2014

怖くて、伝道できない!



ある若者は、とても、保守的な道徳主義的な教会で「あなたは、伝道しなければならない」と言われました。でも、彼は、人の賞賛を受けたかったから、神の賞賛がなかったと感じたから、伝道できなかったのです。

確かに、神の賞賛に安らいでなければ、緊張したり、高慢に成ったり、敏感に成ったりしてしまうのです。神の基準に足していないことを感じるからです。

ある日、彼は、福音を理解しはじめました。”良い子”に成って賞賛を受けるのではなく、賞賛を受けているから、行動が変わると分かりはじめたのです。

彼の牧師にこう聞きました。「イエス様が私のために何をしたか分かっています。。。伝道するんでしょう。でも、怖くて、伝道できない。」

牧師は「良いんだよ。それでもイエス様は、あなたの愛していますよ」と答えました。

「イエスがそれでも愛してくださるって、どういう意味ですか?」。。。

「覚えて下さい。これが福音だよ。主イエスは、全ての罪の罰を支払うために死んだんですよ。あなたを完全に認め、愛しているんですよ。伝道しなくっても、愛されていることを忘れないで。」

一週間たったら、ある方は、牧師に聞きました。「あの若い人に何って言ったんですか?彼は、どこへ行ったも、イエスのことを伝えていますよ。伝道について何を言ったんですか?」

「しなくっても良い、と言ったんです。」

私たちは、上手に、優しく、思慮深く、リラクスして、魅力的に、伝道し、人に仕え、貧しい人を助けることが出来ます。でも、それは、私たちの魂の叫びが神様によって聞かれ、神によって認めて下さっているゆえに出来るのです。恵みからスタートするのです。

ニューヨーク・マンハッタンの牧師ティモシー ケラーのメッセージより

Tuesday, October 21, 2014

Thursday, October 16, 2014

見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。



イザヤ49:14ー16『しかし、シオンは言った。「主は私を見捨てた。主は私を忘れた」と。「女が自分の乳飲み子を忘れようか。。。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。。。」』

私たちは、今から、聖餐式を通して、主とその十字架の愛を覚えます。が、それは、主が私たちを十字架によって私たちを覚えたからです。

「主は私を見捨てた」と思ったことはありませんか?。。。でも、15節「女が自分の乳飲み子を忘れようか。」私は、仕事に捕われて、子供のことを十分に気が付きません。でも、家内の奈帆は、子供に心を注ぎます。教育、服、栄養など。母親がそうなら、天の父は、より私たちのことを覚えて下さいます。でも、15節後半、万が一の場合、「たとい、女たちが(子供を)忘れても、このわたし(あなたの真の父なる神)はあなたを忘れない。」

16節「見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。」息子のジャシュアは、手の裏だったと思いますが、こないだ、手に何かを書いていました。宿題でしょうか、忘れないためです。でも、私たちを忘れないために、神は、書いたのではなく、とれないように、刻み込んだのです。入れ墨のように。もちろん、比喩的に言っていますが、「あなたをぜったい忘れない」と言っているのです。

でも、刻む時、痛くはないでしょうか?。。。十字架にかけられる時、主イエスの手のひらに、釘が打たれ、手が「刻まれた」のです。そして、その釘の跡のゆえに、その傷のゆえに、私たちを忘れないのです。その跡は、今も手にあるのです。。。今、このようにして、聖餐式において、私たちを忘れないで覚えて下さる方を、私たちが忘れないで覚えるのです。その傷を、その十字架を、その愛を覚えるのです。父母、兄弟姉妹、友達があなたを忘れても、主は、あなたを覚え愛しているのです。主の手に刻んであるあなたの名前を見るのです。主イエスを覚え、愛すのです。

Wednesday, October 8, 2014

知恵のある者は人の心をとらえる。


「一人の魂の救いは、世界の全ての叙事詩や悲劇的物語の作成や保存よりずっと大事。*」C・S・ルイス “The salvation of a single soul is more important than the production or preservation of all the epics and tragedies in the world.” C.S. Lewis 

「神の栄光、また、彼の栄光をあらわす唯一の方法、人間の魂の救いは、人生の本当の職業である。」 “The glory of God, and, as our only means to glorifying Him, the salvation of human souls, is the real business of life.”

 「正しい者の結ぶ実はいのちの木である。知恵のある者は人の心をとらえる。」箴言 11:30

*ルイスは、オクスフォード大学とケンブリッジ大学では文学専門でした。

Monday, October 6, 2014

わたしの のぞみは 主イエスだけにある


「わたしについて、『ただ、主にだけ、正義と力がある』と言う。」イザヤ45:24

   わたしの のぞみは 主イエスだけにある
   ゆるがぬ礎(いしずえ)まことの光よ
そのたかき愛と とこしえの平和
まことのなぐさめ すべてのすべてよ

この世にこられた 神のひとり子は
めぐみとまことに みちておられる主 
十字架のくるしみ み神の怒りを
その身に負われて 人を救われた

やみよにさまよう 世界をてらして
かがやく栄光 イエスのよみがえり 
主イエスの勝利に 死のとげ おられて
とうとい ちしおは わたしをあがなう

おそれは きえさり 罪はゆるされた
わたしのあゆみは み手の中にある 
この身をイエスより はなすものはない
おわりの時まで イエスによりたのむ

教会福音讃美歌359 

これは美しい。聞いて下さい。Gettymusic - Online music resources for the church


Friday, October 3, 2014

キリストは、私たちが死ぬべき死を死んだ。


ティモシー ケラー牧師は、数えきれないほどの説教でこれを繰り返しています。「キリストは、私たちが生きるべき生涯を生きた。キリストは、私たちが死ぬべき死を死んだ。」

Tim Keller repeats the following in countless sermons. "Christ lived the life we should have lived; Christ died the death we should have died"

「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」2コリント 5:21