Tuesday, February 25, 2014

悪を目の前にして黙っている


「悪を目の前にして黙っていることこそが悪である。神は私たちを無罪にしておかない。語らないことは語ることである。行動に移さないことは行動に移すことである。」ディートリッヒ・ボンヘッファー(彼は、牧師であり、ナチスとヒットラーに立ち向かって、死刑にされた。)


"Silence in the face of evil is itself evil: God will not hold us guiltless. Not to speak is to speak. Not to act is to act." Dietrich Bonhoeffer


Tuesday, February 18, 2014

唯一の観客


「私は唯一の観客のためにパウレーする:キリスト。」USA女性ホッケーのアン・シェルパー(Anne Schleper - Wikipedia)

「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも(ホッケーをするにも)、ただ神の栄光を現すためにしなさい。」聖書・1コリント10:31

奉仕、メッセージについてもこう言える。「私たちは、主の前で、奉仕し、語る。人の賞賛の為ではない。」

Monday, February 17, 2014

しかし、キリスト教は違う。。。


「他の全ての宗教と哲学は、神と繋がる為には何かをしなければならないと言う。しかし、キリスト教は違う(英:no)と言っている。イエス・キリストは、あなたが自分の為に出来なかった事をあなたの代わりにする為に来たのだ。」 チモシーィ・ケラー

"Every other religion and philosophy says you have to do something to connect to God; but Christianity says no, Jesus Christ came to do for you what you couldn’t do for yourself." Timothy Keller

「それは、あとに来る世々において、このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜る慈愛によって明らかにお示しになるためでした。あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」聖書・エペソ2:7−8

Tuesday, February 11, 2014

恵みと感謝


「キリスト教において、正しく言われています。『神学は恵み、また道徳は感謝。』」フレドリク・ブルース 

“In Christianity, it has been well said, ‘Theology is grace, and ethics is gratitude.’” F. F. Bruce

「また、光の中にある、聖徒の相続分にあずかる資格を私たちに与えてくださった父なる神に、喜びをもって感謝をささげることができますように。神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。」コロサイ1:1214

Wednesday, February 5, 2014

恵みが踊る時


「私は何も知らない。
  皆が知っていること意外は。
   それは、恵みが踊る時には
    私は踊るべきである。」
 W・H・オーデン

"I know nothing, except what everyone knows- if there when Grace dances I should dance." Wystan Hugh Auden

"Grace"は大文字です。人格化した恵みです。共産党員だった彼は、キリスト教に戻り、恵みのキリストを知って、踊ったのです。恵みの『阿波踊り』です。

「私たちはみな、この方(イエス・キリスト)の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。」聖書・ヨハネ1:16

Friday, January 31, 2014

自殺者一万人を救う戦い


良く知っているように、日本で年間3万人が自分の命を取っている。悲しい映画ですが、自殺者一万人を救う戦いを見て下さい。

自分もそうですが、人は、頼りない。が、愛に満ち満ちている神が確かにいるのです。で、人格的な神です。人となられました。イエス・キリストのことです。聖書・詩篇42:5「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」確かに「キリスト(が)、栄光の望み」です。(コロサイ1:27)

この尊い方々に手を差し伸べましょう。話しを聞きましょう。希望のキリストを宣べ伝えましょう。

(写:自殺の多い東尋坊)

Tuesday, January 21, 2014

キリストにおいて取りあげたもう


「われわれの犠牲の中には本質的に神に喜ばれるような清らかさは決して見られないからである。かって、われわれは自己を完全に放棄したことがない。いまだかって、われわれは善をなす熱意も辛抱も、十分になしたこともない。それゆえに、われわれのわざは不完全であり、多くの悪徳に包まれている。。。われわれのわざが喜ばれるのは、それらのわざによる十分の功績によるのではなく、キリストを通ずることによってである。そして、このことは、神がそれ自体ではなんの値打ちもない人間のわざを、キリストにおいて取りあげたもうほど、やさしくわれわれを遇(ぐう)したもう、とわれわれのうちに烈しい(はげしい)愛着を燃えたたしめるのである。」ジョン・カルヴァン

「しかし、以前は(神から)遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの(十字架の)血によって近い者とされたのです。」聖書・エペソ2:13