Monday, December 14, 2015

全てが恵み


「全てが恵みによる。はじめから恵みであり、最後のも恵みである。」マーティン・ロイドジョンズ

"It is all of grace.It is grace at the beginning, grace at the end. " D.M. Lloyd-Jones

エペソ2:8「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」

Wednesday, December 9, 2015

神のささやきの鼓動



14世紀ごろの思想家・聖職者、トマス・ア・ケンピスは、こう言いました。「喜びて神のささやきの鼓動を聞く人は、幸いなり。」

詩篇 18:19「主は私を広い所に連れ出し、私を助け出された。主が私を喜びとされたから。」


Wednesday, December 2, 2015

「見える御言葉:聖餐式」



私たちは、クリスチャン生活をあまりにも複雑にしているのではないでしょうか?私たちの主イエス・キリストは、聖餐式をはじめに行った時にこう言われました。ルカ22:19「私を覚えてこれを行いなさい。」(1コリント11:24−25)礼拝、また人生の全て、は、イエスを覚えることにまとめられる、と私は、確信します。

メッセージの聞く御言葉だけではなく、見える言葉が必要です。聖餐式が必要です。宗教改革のジャン・カルヴァンはこう言いました。「(カトリック)が伝える一つの祝福の代わりに、私たちは、三つの祝福を強調しています。一、主は、御言葉(聖書)の中から私たちを教えます。それで、聖礼典(洗礼と聖餐式)を通して、それ(御言葉)を確証します。そして、最後に、聖霊の光によって私たちの思いの中にそれを照らして下さいます。。。でなければ、それらは、ただ私たちの耳を叩き、ただ目まで来て、内なるものを影響しません。」

聖礼典は「外から見える印であって、それによって、主の私たちに対する善意を証明し、証しします。。。神の恵みであり、外から見える表象によって宣言されます。()御自身へと導く肉体的なものであります。そして、肉体にある私たちは、霊のものを仰ぎ見るようにさせられます。」

聖餐式をラテン語やギリシャ語で言うと「ユーカリスト」です。「ユー」(eu)は、『よく』で、「カリスト」(charist)は、は『感謝する』という意味です。よく感謝する、と言う意味です。聞くユーカリストは、説教ですが、見るユーカリストは、聖餐式です。聖書を語る説教も、口に入れる聖餐式も、両方、生ける神へと、その救いの感謝と讚美に導くのです。

カルヴァンは、少なくても毎週、聖餐をお祝いするように、勧めています。他の全ての集会にでも、行うように、勧めています。カルバンのいたスイスのジネーブでは、御言葉と共に、常にしていました。

ここまで大事なのです。そして「主を覚える」必要は、私たちの毎日の歩みにあるはずです。常に、主を思い、信じ、崇め、また、主の御言葉を行うのです。

「主は、私たちの信仰の弱さを知っています。ですから、見えるように、味わえるように、触るように、聖礼典を下さいました。パンと杯が確かに見えるように、神は、確かにあなたを、キリストを通して、愛しています。。。確かに、キリストは、あなたのために死なれました。この食卓で、信仰は、見えるものに成るのです。」

聖餐は、確かに福音を全ての人に「告げ知らせるのです。」(1コリント11:26)それによって、活かされ、活きるのです。

Tuesday, November 24, 2015

「賞賛」


私は、何よりも、人の賞賛が欲しいのです。でも、少し違いますが、私だけでないようです。

マルコ10:35−40にこうあります。「さて、ゼベダイのふたりの子、ヤコブとヨハネが、イエスのところに来て言った。『先生。私たちの頼み事をかなえていただきたいと思います。』イエスは彼らに言われた。『何をしてほしいのですか。』彼らは言った。『あなたの栄光の座で、ひとりを先生の右に、ひとりを左にすわらせてください。』しかし、イエスは彼らに言われた。『あなたがたは自分が何を求めているのか、わかっていないのです。あなたがたは、わたしの飲もうとする杯を飲み、わたしの受けようとするバプテスマを受けることができますか。』彼らは『できます』と言った。イエスは言われた。『なるほどあなたがたは、わたしの飲む杯を飲み、わたしの受けるべきバプテスマを受けはします。しかし、わたしの右と左にすわることは、わたしが許すことではありません。それに備えられた人々があるのです。』」

弟子たちは、イエス様と共に、栄光の座に座りたい、と願っていました。そして、天においてではないですが、私たちも、地において、あまりにも、人の賞賛が欲しいのです。私たちは、天においても、地においても、栄誉を求めてはなりません。栄光は、主が与えるものです。主が与えるときのみに、受け入れるのです。が、それと共に必ず苦しみをも与えます。栄光と苦しみは、必ず共に来るものです。

これが私の祈りです。「父よ、天地を造られた神あなた様がキリストの十字架の死によって与える愛、栄光と賞賛で十分です。それを喜びます。アーメン。

Wednesday, November 18, 2015

現代のジェンダーについて考える


「今私たちの社会において、性意識の混乱、ジェンダーの混乱がひどくなっています。クリスチャンとして、ジェンダー意識の問題で悩んで方々にどのような対応をしたらよいかを皆さんで考える時期が来ていると思います。これを機会に教会や家庭で話し合うためのセミナーに参加しませんか?」


場所 長野クリスチャンセンター  (参加費無料、席上献金)
   長野市若槻東城541−2フカザワビル2F
日時 11月24日(火)午後6時から9時(食事を含む)
お問い合わせ 026-255-6088



「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」創世記1:27


Monday, November 9, 2015

聖書教理がわかる




「キリスト教/聖書を理解するうえで不可欠な知識を、啓示、三位一体、受肉、バプテスマ、地獄、終末など、94の項目に分けて簡潔に解説。世界的な神学者である著者が、単なる知識を超えた霊的な奥義を説き、深い信仰へと導く。」

ダニエル11:32後半「自分の神を知る人たちは、堅くたって事を行う。」


Monday, November 2, 2015

福音中心のメッセージ


私の義理の兄ー木村大介牧師ーの知り合い福田真理牧師のメッセージを勧めたいと思います。ここで聞いて下さい。Grace City Tokyo | Free Listening on SoundCloud

彼の教会のコアバリューを見ると、教会は「Gospel-centered | 福音中心」を目指しています。こう書いてあります。「イエス・キリストの福音は私たちの人生の全領域を新しくし、都市とコミュニティを造り変えることのできる神の恵みの力です。この世の力や律法主義、また道徳主義によるのではなく、赦しといやしを与え、人生の回復をもたらす福音によって罪を悔い改め、恵みの神を信じます。」そして、福田師のメッセージもそうです。

「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、。。。また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと。。。」1コリント 15:3−4

参考:東京の教会:グレースシティチャーチ東京(中央区、大手町、丸の内の教会)
Grace City Church Tokyo - YouTube