Tuesday, April 29, 2014

十字架の前で恐れおののく。



「この世は、私たちの前ではなく、ただ十字架の前で恐れおののく。」 ディートリッヒ・ボンヘッファー

"The world trembles only before the cross, not before us."

「しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。」聖書・1コリント1:23 

キリストは、主に説教や聖典を通して臨在する、とボンヘッファーは言った。

Monday, April 21, 2014

「ですから、堅く立って」



ある二人は、別々の小さなヘアに入れられ、なんだかのつまらない道具を作らせはじめました。でも、報酬は、違っていたのです。1人は1年間200万円で、もう一人は、1年間2億円でした。200万円の人は、数ケ月たったら、段々嫌に成り、止めました。が、2億円の人は、ルンルンしながら、口笛ふきながら作りました。なぜでしょうか?後に素晴らしいものが待っているのです。。。キリストは、初穂として復活しました。が、終わりの日も私たちは、復活し、考えられないような祝福ーキリスト御自身ーが待っています。聖書1コリント15:58「ですから、。。。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」

Friday, April 18, 2014

『私は命のパンである』


「イエスが『私は命のパンである』と言った時、『私はあなたの為に裂かれる神である』と言っているのです。」ティモシー ケラー

"When Jesus says I am the bread of life, he says, I am God made breakable for you."

聖書・ヨハネ 6:35、『イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」』

Wednesday, April 9, 2014

「彼らをも愛された」


ヨハネ17:23に不思議なことが書いてあります。イエス様が語った言葉です。「あなたがわたしを愛されたように彼らをも愛されたこと。」私と考えて下さい。この真実は、私もとても必要なことです。最近辛いです。。。しかし、神の私に対する愛をイエスの十字架を通してとても分かります。が、それとともに、上の23節にこうあります。天のお父様が御子なるイエスを愛するように、信仰者である私を同じように愛されることです。三位一体なる神が互いに愛し合うように、同じレベルでキリスト者の私たちを愛しているのです。あまりにも無素晴らしいです。驚きます。でも、信じたいし、信じています。こんなちっぽけな私たちを愛し、大切にして下さるのですよ。仰ぎ、崇めましょう。

Tuesday, April 8, 2014

福音によって歩む特有の課題


「日本という文化において、福音によって歩むことは特有の課題を生み出します。“もっとがん ばれ”という働き主導のキリスト教によって、多くの者が疲れ果てています。宣教の成果がなかなか現れないことが完全主義の文化とあいまって、多くのリーダーたちが活気を失っています。 宣教に携わるある者はリスクを避け、ある者は目標を低くし、またある者はすでにあきらめよう としています。働き人の多くは、他人から受け入れられることや自分の特性、自分の価値観に悩 み、心の中で喜びが消されてしまっています。この心の底に潜む問題によって、多くの者が夫婦関係、家族関係、そして他の人間関係において葛藤を体験しています。。。“義とされた者” “恵みによって愛された者” “子とされた者”というキリストにある新しい アイデンディティのもとに自分の罪を見るならば、私たちの心は必ず動かされます。」福音はすべてを変革します、日本チャーチ・プランティング・インスティチュート(CPI)

「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。」エペソ1:3

Friday, March 28, 2014

「偉大な医師」


「罪がはっきり見えるまでには、キリストはぜったいに十分には尊ばれない。偉大な医師(キリスト)の有り難さを分かるには、自分の病いの深刻さと悪性を知らなければならない。」J.C. ライル

”Christ is never fully valued, until sin is clearly seen. We must know the depth and malignity of our disease, in order to appreciate the great Physician." J.C. Ryle

『そこで、イエスは答えて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」』ルカ5:31−32

Friday, March 21, 2014

赦し


「赦しは、いつも赦しを与える人の代償によって来る。」ティモシー ケラー

”Forgiveness always comes at a cost to the one granting the forgiveness.” Timothy Keller

『そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。』聖書・ルカ 23:34 

 赦し〜許しではなく、罪の赦しのこと。代償〜痛みを伴う犠牲、とも訳せると思う。

考えてみると、主イエスが私たちの罪を赦した時、それは十字架上でされたことであり、主は、自分に私たちの罪を背負い、死なれたのです。犠牲です。。。でも、レベルは全然違いますが、私たちが人の罪を赦する時にも、私たちは、相手にさせるのではなく、自分にその罪の痛みを吸収するのではないでしょうか?ですから、赦すのは大変なことです。キリストの十字架の赦しと愛を体験したゆえにすることではないでしょうか?