Wednesday, February 22, 2017

茶道



茶道で有名な千利休は、多分、クリスチャンだったと私は思うのです。ですから、豊臣秀吉に処刑されたのです。なぜなら、利休の7人の弟子の中の4人には、高山右近を含める、キリシタン大名でした。

また、茶道は、聖書の聖餐式から色々とったそうです。茶室に入るには、躙(にじ)り口(ぐち)を通らなければならないのです。これは利休が考えた茶室特有の出入り口で、自分の頭を下げなければならないのです。武士の魂といわれた刀でさえも、利休は入れることを許さなかったのです。

茶道では、家柄、立場、持ち物、財産や権力等を全部捨てていくことを学ぶ道なのです。いったん茶室に入ると、人はすべて平等であり、互いに仕え合う身分となるのです。これは「茶室にはいるには、天国にはいるのと同じように、大名と言えど、一様にへりくだらなければならぬ」という意味なのです。

1コリント1:29−31「 これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。しかしあなたがたは、神によってキリスト・イエスのうちにあるのです。キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、すなわち、義と聖めと、贖いとになられました。まさしく、『誇る者は主を誇れ』と書いてあるとおりになるためです。」

Thursday, February 16, 2017

高山右近 「私は恐れない!」


戦国時代の頃ですが、高山右近は、敬虔なクリスチャン大名高山友照の跡継ぎとして生まれました。右近も、洗礼を受け、ユストというクリスチャン名をもらいました。でも、少年時代の洗礼を受けた頃は、全然熱心な信者ではなかったのです。しかし、21歳の時、大きく変わるのです。兄弟のようで、主君でもあった和田惟長(わだ・これなが)と斬り合いになり、自分の手で殺してしまうのです。親友を殺したことを後悔した右近は、幼いころ聞いていた信仰、また「敵を愛せよ」を語るキリストの真理に改めて耳を傾けました。

後、右近は、大事件にあうのです。生ける神と信仰に対する姿勢を全く変えるのです。仕えていた荒木村重(むらしげ)が織田信長を裏切るのです。それで、信長の大軍勢に高槻城を包囲されてしまいます。右近は、村重を説得しようとします。が、無駄です。しかも、村重に息子を人質として取られているのです。信長からは降伏しなければ領民を殺すと脅されているのです。進めないし、退けないし、どうしようもないのです。城の中にいた父友照は、徹底抗戦を訴えていて、他は、城を引き渡すことを求めるのです。意見は、真っ二つとなっていました。その時、右近が選んだのは並みの武将には真似できない大胆な決断でした。右近は、オルガンティノ神父に聞きました。神父はこう答えました。「信長に味方するのが正しいことだと思います。村重は信長に仕える身分であり、これまで受けた信長からの恩に返して、戦いを挑むことは不正なことです。あなたは村重に直接仕える家臣ですが、あなたに高槻を与えたのは村重ではなく、信長です。より上におられるお方に忠誠を尽くした方が正しいことと思います。しかし、これは重大なことですから、深く祈ってから決断して下さい。」悩んだ右近は、いっさいの地位も財産も捨てて、教会と皆を守る為に、信長のもとに行くことを決断しました。信長に領地を返すことを決めたのです。丸腰で城を出て、信長の前に出て行きました。奇跡的に、村重は、城に残された右近の家族、家臣、人質を殺すことはしなかったのです。右近の勇気を認めて信長は、再び右近を高槻城主としての地位を帰し、その上に2万石から4万石に増やしたのです。ここで、右近は、神の御業を認め、恐れるものは無いことを確信、人生を進みました。聖書・詩編3:6後半「私は恐れない。」彼は、神に劇的に守られたのです。

キリスト教は「高山の宗門」と呼ばれるほど大胆に仲間の武将に福音を広めました。後、突然、秀吉は、宣教師に日本征服の意図を疑ったのです。宣教師追放令を命令し、右近にも、信仰を捨てるように迫りました。恐れる事なく、右近は、命令を拒みました。「たとえ全世界を与えられることがあっても、キリスト教を捨てることはありません。人間に関わることは変えることが出来ても、神のこと、またその教えに関わること一点たりとも変えることは出来ません。」彼は、領地を没収され、放浪の旅に追いやられました。右近は、言いました。「これらわたしの行くところに、神がおられないところなど一つとしてありません。」追い打ちをかけるように仲間の武将が次々キリストを捨てました。が、彼は、ひるみませんでした。不思議に、行くあてがない右近を救ったのは、前右近を裏切り、キリストに背を向けた仲間たちでした。

右近は、最後フィリピンへの国外に追放されますが、最後まで勇敢にキリストに従いました。モレホン神父は、こう書きました。「神は、私たちの(愛するユスト右近)を死の前から、どんなときにも動じることのないみごとな信仰を見せて下さいました。。。そして彼は、自分の死を迎えるとき、。。。『神の教えに従い信仰を大切にして生きるように』と、家族に遺言しました。」


詩篇3編を読んで下さい。

Monday, February 6, 2017

Grace City Tokyo


遠藤周作の映画「沈黙・SILENCE」をめぐって、福田真理牧師が聖書から語っています。2月5日 |「母なる神」 by Grace City Tokyo。。。他のメッセージもどうぞ。Grace City Tokyo | Free Listening on SoundCloud

Thursday, February 2, 2017

聖餐式


ヘンリ・ナウエン神父は、こう書いています。「私自身の人生と生活では聖餐式(英語:Eucharist)が中心である。」罪のないイエスが人類の罪を御自身が背負い、そしてその重さによってつぶされました。そこに私たちの最大の希望がある、と言っています。この方と、交わりながら忠実に生涯を送るのです。

ルカ22:19「それから、パンを取り、感謝をささげてから、裂いて、弟子たちに与えて言われた。『これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。わたしを覚えてこれを行いなさい。』」

Monday, January 23, 2017


先週の土曜日、家内と私は映画『沈黙‐サイレンス』を見に行きました。とても良かったです。私たちの大先輩の日本人切支丹(クリスチャン)が迫害を耐えるのを見て、私は、喜び悲しました。

もちろん、神父や信徒も「棄教」しました。でも、本当にしたのでしょうか?映画と本は、明確ではないです。。。棄教とは何でしょうか?私たちは聖徒の永遠堅持を信じています。でも、ペテロがイエスを否むような弱さは、皆にあります。

日本は、福音の根を腐らせる「沼」に例えられました。でも、東京を見て下さい。江戸の多くは、沼でした。でも、埋められて、今は、世界の東京です。日本人は、聖書に対するいろんな先入観、誤解があります。しかし、神の恵みによって、それを埋める事が出来ます。

映画では、神の「沈黙」だけではなく、世間が神父さんや一般クリスチャンを沈黙させたのも描かれています。今でも「出る杭は打たれます」。が、今のクリスチャンは、日本人を中心にして「聖霊に満たされて、キリストを宣べ伝える」事が出来ます。

使徒の働き4:23−31を読んで下さい。彼らの祈りは、先ず、神中心、キリスト中心でした。29節、最後にこう祈りました。「 主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。」『迫害をなくしてちょうだい』と祈りませんでした。謙虚さを大事にしながらも、この大胆さが必要です。

Monday, January 16, 2017

良いメッセージを聞く。。。


家内の奈帆は、毎日のように、聖書を読み学び、ここでメッセージを聞いて、励まされて成長しています。あなたも、ぜひ、聖書を学び、良いメッセージによって、励まされますように。ここクリック:CGNTVの「日本語 QT - リビングライフ [CGNTV]」を iTunes 

詩篇1:2「まことに、その人は主のおしえ(聖書)を喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」

Sunday, January 8, 2017

ヒロクンに心臓移植を



「稲本啓(ひろ)くん」の為に募金を!
お父さんとお母さんの言葉「ひろは生まれてすぐ、心臓に異常があることがわかりました。拡張型心筋症の疑いがあり、血液を全身に送り出すことが不十分なため、おっぱいを飲むときもはぁはぁと息が切れ、十分に飲むことができませんでした。その後、心臓の負担を減らすために、食事は鼻からの経管栄養に変わりましたが、嘔吐してしまうことも多く、片時も目が離せない、そんな状況が生まれてからずっと続いていました。。。」もっと読む:両親からお願い
聖書・テサロにケ5:14「弱い者を助け」とあります。