朝日放送の「大改造!!劇的日フォーアフター」の匠の一人は、”自然素材の伝道師”となっています。。。私は”キリストの十字架の伝道師”で、私のこだわりです。ガラテヤ 6:14前半「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。」1コリント 1:23 「私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。」私は、特にキリスト者のために、神の恵みと主イエスの十字架を強調したいのです。これが私たちの生命線です。。。特に、右の「キリスト中心のメッセージ」、「日本の教会の現状と展望」&「人を造り変える福音の力」を読んでほしいです。
Wednesday, November 16, 2016
主イエス・キリストを信じていなければ...
「神を信じていると言っている信仰の価値(英:worth、尊さ)を厳しく吟味する(英:acid test)なら、主イエス・キリスト(が極めて大事)です。人々が主イエス・キリストを信じていなければ、神を信じていると言っても、何の勝ちもありません。主イエス・キリストを信じていなければ、人生や生活について高い見解を持っていても(何お勝ちもありません)。主イエス・キリストを信じていなければ、戦争を信じていなくっても、良い事をするべきと信じていても、何の関係もありません。私たちの主また救い主イエス・キリストを信じていなければ、神の栄光の為にやっていると信じていて、他の人の為に大きな犠牲を払っていたとしても、完全に無駄です。」マーティン・ロイドジョンズ
"The Lord Jesus Christ is the acid test of the value of any supposed belief in God... That people say they believe in God is of no value whatsoever unless they believe in the Lord Jesus Christ; that people may have very exalted views about life and living does not matter at all unless they believe on the Lord Jesus Christ; that people do not believe in war, or that they do believe in doing good, does not make the slightest difference if they do not believe in the Lord Jesus Christ. The fact that people may make great sacrifices for the sake of others and, as they believe, in order to praise God, is utterly useless unless they believe on our Lord and Saviour Jesus Christ." Martyn Lloyd-Jones
ピリピ3:8−9「それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。」
Wednesday, November 9, 2016
際立った教義的神学
「いろんなところで勝ち取られたキリスト教の勝利は、際立った教義的神学によって勝ち取られました。キリストの身代わりの死と犠牲を徹底的に伝える事によって。キリストの尊い血と十字架の身代わりを示すことによって。信仰による義認を教えることによって、また、十字架に付けられた救い主を信じるように宣べる事によって。罪による破滅、キリストによる贖い、聖霊による新生を伝えることによって。銅の蛇を高く上げる事によって。『見て生きよ!信ぜよ!悔い改めて、改心せよ!』と人々に伝える事によって。」J。C。ライル、1816〜1900のイギリスの牧師。ライル福音書講解 ヨハネ1 、J C ライル著
”The victories of Christianity, wherever they have been won, have been won by distinct doctrinal theology; by telling men roundly of Christ’s vicarious death and sacrifice; by showing them Christ’s substitution on the cross, and His precious blood; by teaching them justification by faith, and bidding them believe on a crucified Saviour; by preaching ruin by sin, redemption by Christ, regeneration by the Spirit; by lifting up the brazen serpent; by telling men to look and live—to believe, repent, and be converted.” J。C。Ryle
1コリント1:23「しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが。」
Wednesday, November 2, 2016
良い行い
「真に、良い行いの功績によって私たちは、信仰に至るのではないのです。しかし、信仰がはじまるのは、良い行いが続くためです。」聖アウグスティヌス
“It is
not, indeed, the merit of good works that brought you to faith; but faith
begins, so that good works may follow.” Saint Augustine
Thursday, October 27, 2016
謙遜
「神の道が何であるかを私に聞くならば、私は、第一謙遜であり、 第二に謙遜であり、また第三も謙遜である。他に教訓がないと言う事ではないが、謙遜が私たちのすることの先に行かなければ、私たちの努力は、虚しい。」聖アウグスティヌス
“If you should ask me what are the ways of God, I would tell you that the first is humility, the second is humility, and the third is humility. Not that there are no other precepts to give, but if humility does not precede all that we do, our efforts our meaningless.” St. Augustine
エペソ4:2「謙遜と柔和の限りを尽くしなさい。。。」
Thursday, October 20, 2016
『 仰ぎ見て救われよ』
あの有名なイギリスの説教者チャールズ・スポルジョンは、救いの体験をこう話している。「私は、そこで、すぐに救いの道を見た。私は今にも盲目になってしまうのではないかと思うほど見つめた。やみは過ぎ去り、太陽を見た。私は自分の席から飛び上がり、これらのメソジストの兄弟たちの中でも最も熱狂的な者と一緒に、『ぼくは、ゆるされているんだ』と叫ぶことができるように感じたのである。」
もっと読む:ラスベガス日本人教会 Blog『 仰ぎ見て救われよ』
「地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ」イザヤ45:22
Wednesday, October 12, 2016
“Suffering will either make you bitter or better.”
"Suffering will make you bitter or better." 英語を勉強しましょう。”Bitter”と”better”の似た言葉にかけています。あなたの苦しみは、あなたを”Bitter”、苦ヶしくするか、あなたを”better”、より良くするか?です。
キリストの苦しみと贖いがあるから、あなた自身の苦しみは、あなたをキリストの素晴しい似姿に変えて行きます。あなたに知恵を与えます。神お一人で十分と実感します。苦しみを味わうと、神に嘆いても良いのです。でも、キリストの十字架の苦しみ、その愛、主の御支配を実感すると、あなたは、感動し、希望に燃え、讚美し、変えらるでしょう。
G. K. チェスタートンがこう書いています。「私は困難という熱い湯に入るのが好きだ。それは私を清潔にしてくれる」からです。神の目、聖書、から苦しみを見ると、それをいわゆる「好み」、それは私たちを聖くして下さるのです。
ローマ5:3−4、「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。」
Thursday, October 6, 2016
責任
第二次世界大戦中、戦争の責任は、どこにあるかが明白でありませんでした。NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第4回 「開戦・リーダー達の迷走」 - YouTube 今も、豊洲の移転問題においても責任者は、誰かがはっきりしていません。豊洲、責任者特定できず 都が検証報告 小池知事「責任感欠如」:日本経済新聞。過去も、今も、責任の不透明性が浮き彫りになっています。
『クリスチャン・ジェントルマン』とも言われていたクリステー・マシュソン(Christy
Mathewson、1880−1925)は、変わったふうに責任をとりました。彼は、17年間、ニューヨーク・ジャイアンツのピッチャーでした。殿堂入りもしました。彼は、ある試合、いわゆる"bang-bang play" (バング・バング・プレー)でボールとほとんど同時にホームに着きました。審判がタッチアウトであるか見えなかったから、マシュソンのほうに向きました。そしたら「私はアウトだ」マシュソンは認めました。そのすぐ後、驚いていたキャッチャーに「私は、教会の長老だから真実でなければならないのだ。」リーダーは、真実で、責任をとるのです。
エペソ4:25「ですから、あなたがたは偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。」
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