Wednesday, May 17, 2017

十字架と説教


「神は説教の目的達成を妨げる二つの障害を、キリストの十字架で克服したのです。十字架は、神の義が人の高慢を拒絶るという外的壁を崩し、そして人の高ぶりが神の栄光を拒否するという私たちの内にある壁をも崩すのです。そうすることで十字架は、客観的には説教を有効にするための土台となり、主観的には説教は人々をへりくだらせるための土台となるのです。」ジョン・パイパー「なぜ説教の中心が神なのか」より

1コリント1:23−24「しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。」

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